・memu
住職の部屋目次
・インド巡拝の旅 目次
はじめに
第一章 祇園精舎
第一章 舎衛城
第一章 ルンビニ
第一章 ホーリー祭
第一章 クシナガラ
第一章 荼 毘 塚
第一章 ナーランダ大学跡
第一章 王舎城と霊鷲山
第一章 ブダガヤ
第一章 日本の女子大生との話
第一章 サールナート
第一章 鹿 野 苑
第二章 ベナレス
第二章 ガンジス河の荼毘
第二章トイレ(2)チップ
第二章 アグラ(1)


 


インド巡拝の旅
第一章
ナーランダ大学跡

ナーランダ大学跡                  2月12日

 バロニー到着一時間前に起床。バロニーへは1〜2時間の遅れで到着。
 バロニー駅構内で朝食を取り、午前9時、玄奘三蔵の学んだナーランダ 大学跡にバスで向かう。

 ナーランダ大学跡にて

 ナーランダ大学跡は、広大な遺跡公園になっていて、現在は11の 僧院跡と14の寺院跡がある。なお、今も発掘調査が続けられている。
 第三塔(ストゥパ)は巨大で周囲には沢山の龕が掘られ、仏像が納め られていたが、13世紀頃、イスラム教徒の侵入により、仏像の顔は破 壊されていた。
 たいへん残念だと思った。ただ、顔が破壊されていない仏像や菩薩像 がわずかながら残っていたのは救いだった。
 ナーランダ大学は5世紀の初め、グプラ王朝のクーラマ・グプタ1世 が創建した。そして、ナーランダ大学は5〜12世紀頃に栄えた仏教大 学で、最盛期には1万人の学僧が集ったという。
 中国から留学した玄奘や義浄もここに滞在して学んでいる。

 ホ テ ル に て

 ナーランダ大学跡を見学後、バスでラジギールのホテルに向かう。
 ホテルは日本とインドの合弁でつくったホテルで、昼食は久しぶりの 日本食が出た。団員一同、これまで出されたインドの辛い食事に閉口し ていたが、この食事はすべて平らげた。
 日本のホテルに着いてホッとした事もあり。また、団員一同も疲れて いるので、午後は休養にあて、竹林精舎、王舎城跡などの参拝は、翌日 に残した。
 久しぶりに時間の余裕が出来たので、各自、洗濯やスーツケースの整 理などを行い、夕食までの時間を過ごした。
 夕食後、ホテルのお堂で(ホテルは日蓮宗系が経営しているホテルで、 施設としてお堂があった)坐禅を組み、しばし瞑想にふけった。お堂は 吹き抜けで、満天の星がふりそそぎ、お釈迦様の時代も瞑想されていた のではないかと思う。
 その後、部屋に戻り、日本への手紙を書いた。
 畳の部屋で久しぶりに熟睡した。



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